『暗号の子』(宮内悠介)

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 でも、翻るにどうだろう。ぼくらは常に「現在」を競っている。これはいまこそ読むべき本です。わたしはいま現在の世界の問題に目を向けてます。わたしは価値観のアップデートをしています。SF的想像力。ネクストブレイクしそうなものにとりあえず唾をつけろ。感性が鈍ってないことを示せ。その競争に勝て。なんでもいいからアクチュアルであれ。
 伯父は不運であったと思う。
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「行かなかった旅の記録」より


 暗号通貨を支えるブロックチェーン技術とゲーム理論を応用したゼロトラスト合意形成をベースに共同体は成立するか。誰もが安心して使えるようSNSから不快な発言や極端な発言をAIによってフィルタしていった先に何があるのか。リアルタイム画像生成AIにより少しずつ現実を歪め変形させてゆくAR技術は安全なLSDとして社会に受け入れられるだろうか。
 テクノロジーの過激な進歩が個人に与える影響を主題とした短編集。個人的には著者のこれまでの最高傑作だと思う。


収録作品
『暗号の子』
『偽の過去、偽の未来』
『ローパス・フィルター』
『明晰夢』
『すべての記憶を燃やせ』
『最後の共有地』
『行かなかった旅の記録』
『ペイル・ブルー・ドット』


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 かつて大森望さんがSF作家を「クラーク派」と「バラード派」に分類したことがある。(中略)それで言うと、ぼくは断然バラード派だった。それは科学を信じていなかったからというより、単純に、科学技術のもたらす頽廃的な暗い世界観を美しいと感じていたからだった。当の本人は、子供のころからプログラミングで遊んでいたり、むしろ楽しい側面を享受していた。
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「あとがき」より


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 麻雀漫画の『打姫オバカミーコ』に、こういう台詞がある。
「右へ行き過ぎれば無謀の谷へ落ち/左へ行き過ぎれば臆病の谷へ落ちる」
 麻雀というゲームを尾根道に喩え、勇気を出しすぎると無謀の谷に転落し、慎重になりすぎると臆病の谷に転落するというのだ。「左右ギリギリまで使って歩く奴が強く/だが一歩でも過ぎるとたちまち落ちる」とも語られる。これは麻雀の話だけれど、科学技術に対する姿勢にも置き換えられると思う。楽観の谷に落ちても、悲観の谷に落ちてもおそらくは何かが見落とされる。だから両側の谷を見据えつつ、左右ギリギリまで使って歩いてみたい。
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「あとがき」より




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