『持続可能な魂の利用』(松田青子)
――――
謙遜とか、何十年もかけて私の体に染みついてしまったものを、一つ一つ自分から剥ぎ取っていきたい。もうしたくないから。もうしたくないことがたくさんある。したいこともたくさんある。
この一ヶ月考えてきたことだけど、私、日本に帰ったら、「おじさん」を倒す。
――――
単行本p.159
魂は疲れる。魂は減る。
空気のような差別構造に縛られ、抑圧され、生きるために差別を内面化し、こまめに削られ続ける日本の女たち。女の魂が少女となって自由に生きることのできる楽園を夢見る敬子は、推しが尊いという気持ちだけで「おじさん」を倒し、革命を、希望を、楽園をこの国に実現しようとする。単行本(中央公論新社)出版は2020年5月、Kindle版配信は2020年5月です。
電車のなかで不必要に接触してくるおじさん。
制服を着た女の子を見れば性的消費することに躊躇しないおじさん。
他人の外見をいじることがコミュニケーションだと思っているおじさん。
他人の身体になめるような視線を投げかけてくるおじさん。
あわよくば何かできるのではないかという顔で近づいてくるおじさん。
突如としてグロテスクな言葉をはきかけてくるおじさん。
被害者の女を叩くおじさん。
――――
ただただ通常運転です。おっさんたちがうじゃうじゃいて、意味不明にいばってて。なんなんでしょうね、毎日会社に行くたびに思うんです、わあ、なんだ、このおっさん地獄は、って。一面おっさんの海。
――――
単行本p.34
――――
もし日本がもっと違ったら、もっと対策がちゃんと取られていたら、今のように耐えたり、ストレスを感じたり、声を上げたり上げなかったり、戦っている時間を、日本の女性たちはどう過ごしていただろう。ストレスや悲しみや怒りや諦めのかわりに何を感じていただろう。それが本当に想像できない。
魂は減る。
敬子がそう気づいたのはいつの頃だったか。
魂は疲れるし、魂は減る。
魂は永遠にチャージされているものじゃない。理不尽なことや、うまくいかないことがあるたびに、魂は減る。魂は生きていると減る。だから私たちは、魂を持続させて、長持ちさせて生きていかなくてはいけない。そのために趣味や推しをつくるのだ。
――――
単行本p.113
魂を持続させる希望。敬子にとってそれは、女子アイドル推しでした。
――――
どの歌の彼女たちも、かっこよかった。
アイドルじゃないような歌を歌い、アイドルじゃないようなダンスを踊り、アイドルじゃないような衣装を着た、笑わないアイドルは、笑わない××は、彼女たちは、かっこよかった。
常に笑顔を張り付かせ、制服を模した衣装のひらひらとした短いスカートから「見えてもいいパンツ」を見せて歌い踊っている大量のアイドルの女の子を見ることが、ある頃からしんどくなっていた敬子は、そうじゃないアイドルの女の子たちの姿を見るだけで、救われた気持ちだった。
××たちを見ていると、敬子は自分がここでもまた傷ついていたことに気づかされた。
男性にとってかわいくあることを、男性にとって従順であることを強制されている女の子たちの姿がテレビで流され続ける毎日に。現実の世界でも同じなのに、それがまたテレビの中でもそっくりそのまま再現されることに。
――――
単行本p.39
――――
パフォーマンスがはじまると、まるで憑かれたように躍り狂う彼女たちを見て、どうして彼女たちが好きなのか、敬子はすとんと理解できた。この黒魔術みたいな踊りで、もしかしたら、普段彼女たちを操っている男たちを殺せるんじゃないか、このダンスでいつか本当に殺すんじゃないか、と信じられるほどの気迫を感じるからだ。そこには希望があった、確かな。(中略)
敬子は××たちから目を離すことができない。たとえおなじみの構造の中とわかっていても、はじめから負けが込んでいるとわかっていても、それでも、トライすることを選んだ彼女たちから。その先に何があるのか、敬子は見たい。知りたい。それは、鏡のように似通った構造の中で生きている敬子たち自身のその先でもあるはずだから。
××たちは、この先があるのかもしれない、とはじめて敬子に感じさせた。それが希望じゃなければ、何を希望と呼ぶのだろう。
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単行本p.43、69
「おじさん」の海で生き延びるカバーを外すと、そこは「おじさん」のいない魂の楽園。松田青子さんのエッセイの多くが、推しパワーで女性差別に対抗する生き延びるというテーマを扱っていますが、今回の長編小説は生き延びるだけでなく革命をなし遂げてしまう、希望と祈りの物語です。
謙遜とか、何十年もかけて私の体に染みついてしまったものを、一つ一つ自分から剥ぎ取っていきたい。もうしたくないから。もうしたくないことがたくさんある。したいこともたくさんある。
この一ヶ月考えてきたことだけど、私、日本に帰ったら、「おじさん」を倒す。
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単行本p.159
魂は疲れる。魂は減る。
空気のような差別構造に縛られ、抑圧され、生きるために差別を内面化し、こまめに削られ続ける日本の女たち。女の魂が少女となって自由に生きることのできる楽園を夢見る敬子は、推しが尊いという気持ちだけで「おじさん」を倒し、革命を、希望を、楽園をこの国に実現しようとする。単行本(中央公論新社)出版は2020年5月、Kindle版配信は2020年5月です。
電車のなかで不必要に接触してくるおじさん。
制服を着た女の子を見れば性的消費することに躊躇しないおじさん。
他人の外見をいじることがコミュニケーションだと思っているおじさん。
他人の身体になめるような視線を投げかけてくるおじさん。
あわよくば何かできるのではないかという顔で近づいてくるおじさん。
突如としてグロテスクな言葉をはきかけてくるおじさん。
被害者の女を叩くおじさん。
――――
ただただ通常運転です。おっさんたちがうじゃうじゃいて、意味不明にいばってて。なんなんでしょうね、毎日会社に行くたびに思うんです、わあ、なんだ、このおっさん地獄は、って。一面おっさんの海。
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単行本p.34
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もし日本がもっと違ったら、もっと対策がちゃんと取られていたら、今のように耐えたり、ストレスを感じたり、声を上げたり上げなかったり、戦っている時間を、日本の女性たちはどう過ごしていただろう。ストレスや悲しみや怒りや諦めのかわりに何を感じていただろう。それが本当に想像できない。
魂は減る。
敬子がそう気づいたのはいつの頃だったか。
魂は疲れるし、魂は減る。
魂は永遠にチャージされているものじゃない。理不尽なことや、うまくいかないことがあるたびに、魂は減る。魂は生きていると減る。だから私たちは、魂を持続させて、長持ちさせて生きていかなくてはいけない。そのために趣味や推しをつくるのだ。
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単行本p.113
魂を持続させる希望。敬子にとってそれは、女子アイドル推しでした。
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どの歌の彼女たちも、かっこよかった。
アイドルじゃないような歌を歌い、アイドルじゃないようなダンスを踊り、アイドルじゃないような衣装を着た、笑わないアイドルは、笑わない××は、彼女たちは、かっこよかった。
常に笑顔を張り付かせ、制服を模した衣装のひらひらとした短いスカートから「見えてもいいパンツ」を見せて歌い踊っている大量のアイドルの女の子を見ることが、ある頃からしんどくなっていた敬子は、そうじゃないアイドルの女の子たちの姿を見るだけで、救われた気持ちだった。
××たちを見ていると、敬子は自分がここでもまた傷ついていたことに気づかされた。
男性にとってかわいくあることを、男性にとって従順であることを強制されている女の子たちの姿がテレビで流され続ける毎日に。現実の世界でも同じなのに、それがまたテレビの中でもそっくりそのまま再現されることに。
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単行本p.39
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パフォーマンスがはじまると、まるで憑かれたように躍り狂う彼女たちを見て、どうして彼女たちが好きなのか、敬子はすとんと理解できた。この黒魔術みたいな踊りで、もしかしたら、普段彼女たちを操っている男たちを殺せるんじゃないか、このダンスでいつか本当に殺すんじゃないか、と信じられるほどの気迫を感じるからだ。そこには希望があった、確かな。(中略)
敬子は××たちから目を離すことができない。たとえおなじみの構造の中とわかっていても、はじめから負けが込んでいるとわかっていても、それでも、トライすることを選んだ彼女たちから。その先に何があるのか、敬子は見たい。知りたい。それは、鏡のように似通った構造の中で生きている敬子たち自身のその先でもあるはずだから。
××たちは、この先があるのかもしれない、とはじめて敬子に感じさせた。それが希望じゃなければ、何を希望と呼ぶのだろう。
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単行本p.43、69
「おじさん」の海で生き延びるカバーを外すと、そこは「おじさん」のいない魂の楽園。松田青子さんのエッセイの多くが、推しパワーで女性差別に対抗する生き延びるというテーマを扱っていますが、今回の長編小説は生き延びるだけでなく革命をなし遂げてしまう、希望と祈りの物語です。
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