『初子さん』(赤染晶子)

――――  それだけではない。この劇場自体がおかしい。客は鈍い。笑わないし、理解が遅い。目を開けて寝ているのかと思う。もしかしたら放心しているのかとも思う。あの重いドアのせいである。客席の後ろのドアである。この街には昔からぬるま湯が張っている。ぬるま湯は水よりも重い。この湯の中で生きる人は湯の抵抗で動きが緩慢になる。急ぐことができない…

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